コメントをして頂いた方たち

  1. GUY
  2. 真野太樹
  3. TOM
  4. TAKUYA
  5. 奈部川光義
  6. TGMX
  7. オガワヤスユキ
  8. SHOWY
  9. HAYATO
  10. JON
  11. Cim
  12. あやぺた
  13. サイトウ "JxJx" ジュン
  14. 加藤鶴一
  15. 中尾憲太郎
  16. ハルロヲ
  17. 西村等
  18. VERDY
  19. 猪狩 秀平
  20. TAYLOW

●第20回(2016.12.16)


TAYLOW (the原爆オナニーズ)



2016年で結成20周年を迎えたバンド、レイザーズ・エッジ(以下レイザーズ)を知ったのは、まさに世紀末の20世紀が終わろうとしている頃だった。

どのような経緯で知ったのか、具体的に述べよと言われても、覚えていない。おそらく、ものすごいジャンプをしている写真を見たような気がする。いや、アメリカン・テイストなチラシだったのかもしれない。何しろ、音よりも先に名前を知っていたはずだ。ひょっとしたら、サンフランシスコのRazor’s Edgeスタジオみたいだなあと思って、記憶したのかもしれない。

20世紀末の10年間は、パンク・ロックのスピードが両極端に走っていった。一方は、これでもかと言うくらい遅く、重く、ドロドロになって、いわゆるスラッジ化していった。
そして、もう一方は、BPMを無視したかのごとく、極限まで速くつんのめる、パワー・バイオレンスという呼び方がふさわしい、ファスト・コアだ。

海外から出てくる、両タイプのバンドをひたすら追っかけていたら、足元の日本で連動するかのように地殻変動が起きていた。巷ではメロコアが(日本でも)爆発しかけていた、1990年代の半ばだ。

”パンクはシングル盤(7インチ)で、何かが起こる。”ことは知っていたので、日本のバンドのシングル盤も出来るだけ追っかけていた。それは、ライブ会場で起こっていることの結果として、レコードに記録されているだけなんだけど。
Boris、Smash Your Face、No Side、Corrupted、Brind Justice、Evance等々、何しろ目紛しい程、多くのバンドが地下世界で胎動していた。

そのような時に、レイザーズの音を初めて聴いた。
ジャリジャリなギターの音に、”FYPみたい”と反応した。
リズム隊もアメリカンな”ライトな感覚”があり、グラインドに慣れきった体には、新鮮だった。
素っ頓狂なボーカルを聞きなれた耳には、ボーカルが結構ポップで気に入った。
その後、レイザーズと知り合った時に、最初に音に接した時の印象を伝えたら、驚かれたことは覚えている。


20世紀最後の年に、レイザーズのファースト・アルバムを渡されたのが、梅雨の京都大学だったことは、鮮明に覚えている。そして、ギリギリ20世紀の間に、一緒にライブをやった。ステージ狭しと飛びまくるメンバーに、唖然としたものだ。”若い!”。
これが、強烈な印象。
パンクは不良で、客と対峙するのが当たり前だっただけに、そのスタンスは、新世代の台頭を感じさせるのに充分なものだった。

21世紀を迎え、一緒にライブをする機会が増えていった。
と同時に、レイザーズはメンバーの出入りが激しくなった。ライブの毎に、ギターが違ったり、ドラムが違ったり、ベースが違う。毎回同じなのは、ボーカルだけだ。
それでも、レイザーズは、いつも”カッラ”とした音を出していた。
まずベースがジェリー・ロール・ロックヘッズのミサイルに変わった。次に、ドラムがテクノクラシーのクラッシュに。最後はバールのタカがギターで加わり、不動のメンバーとなった。

セカンド・アルバムをPizza Of Deathからリリースした時は、嬉しくて、思わずレーベル名がバックプリントされたTシャツをゲットしてしまった(この時点では、レーベル・メイトだったからね)。
サード・アルバムでリズム隊が変わり、次のアルバムでギターが変わり、音が次第にロック的なアプローチを取り込んで変わってくのだが、ライブではいつものレイザーズになるから不思議だ。

バンドっていうのは、最初の2~3年が楽しくてしょうがない時期で、その後は落ち着いてしまう。だから、ファースト・アルバムが目標地点になることが往々にしてある。
とくにパンク・スピリットを持って始めたバンドは、衝動こそ、その精神的な支柱になることが多いから尚更だ。いつもレイザーズのライブを見て感じる、ワクワク感は、いったいどこから来るんだろう。

先日見たライブも、20年選手がやっているライブの空気ではなかった。それは、何かに挑み続ける姿だ。
その”何か”は、メンバー一人一人が持ち続けている”やりたいこと”になるんだろう。

不動のメンバーは、今年でタカが抜けることで変わるが、レイザーズは変わらないだろう。

いつまでも、パンク狂いの私の心に火をつけてください。



TAYLOW (the原爆オナニーズ)






●第19回(2016.12.14)


猪狩 秀平 (HEY-SMITH)



HEY-SMITHギターのイガリと申します。
まず一番初めに、RAZORS EDGE20周年おめでとうございます!

このコメントを書かせてもらうにあたって、ケンジさんに言われたのが、
「最高!マジやばいからこのアルバム聞いた方がいい!」みたいなのだけはやめてって言われて、コメントを書く決心をしました。笑
最初に言っときますけど、イガリはただのRAZORS EDGEのファンです。笑

初めてRAZORS EDGEと一緒にタイバンさせてもらったのは、
熊谷のヘブンズロックです。その頃からすこしづつ一緒にやらせてもらえるようになって、
一番覚えてるのは九州にツアーへ連れて行ってもらった事です。

正直、最初はハードコアの先輩のツアーって怖いなーって思ってたのですが、
一緒にツアー回らせてもらって分かったのは、メンバー全員がハードコア精神を持った、めっちゃハッピーな人達でした!
ただでさえ音楽が好きなのに、九州ツアーで人間も大好きになって気付いたらRAZORS EDGEの虜になってました。
一時期、飲みに行くのもしょっちょうやし、まるしまにも行くし、パンゲアにも行くしで、会いまくってました。笑

ただの一ファンがこんなにたくさんの時間を一緒に過ごせて嬉しいです。
HEY-SMITHのツアーやイベントにもたくさん出てもらいました!北海道一周したりもしました。笑

RAZORS EDGEの事はもちろん、RAZORS EDGEの周りに集まる人間も大好きで、
ホンマに色んな人と繋げてもらいました。ガリガリ君もね。笑
ホンマに感謝しています!

今でもライブの日はこの曲やってくれないんですかー?とかってリクエストしちゃうような、ただのファンなイガリですが、
このコメントをこのタイミング書かせてもらえる事がホンマに嬉しいです。

イガリはDO THE SPIN SOULが大好きで、いっつもリクエストしてました。
その曲が2曲目ってのが、勝手にイガリへの愛を感じてました。笑

改めて20周年おめでとうございます!



猪狩 秀平 (HEY-SMITH)



●第18回(2016.12.12)


VERDY (VK DESIGN WORKS)



はじめてライブを見たのは、高校生のときベイサイドジェニーでした。
ケンジさんがきていた服装は迷彩の半パンに緑のTHRASHERのTシャツ!当時THRASHERもしらなかった僕はライブの次の日、先輩に聞いてすぐ買いに行ったのを覚えています。

僕が生まれて初めて描いたフライヤーもTHRASH'EM ALLのフライヤーを写し描きしたようなフライヤーでした!!

僕のことを知ってる人は"MEANINGのデザインしてる人"と思ってる人が多いと思いますが、MEANINGのHAYATO君と出会ったのもケンジさんのレーベルの主催イベントだったり。

その後、ケンジ会に入り身近になり、一緒に飲ませていただけるようになりましたが

10代の頃から憧れの先輩で、
ぼくはデザイナーなので形は違うけど沢山刺激をもらって、いま頑張れてると思います!

20周年おめでとうございます!!

ケンジさんのジャンプ大好きです!



VERDY (VK DESIGN WORKS)



●第17回(2016.12.7)


西村等(FEVER)



ライブハウスのスタッフだと、自分がハードコアやパンクが大好きなんですが
お店に出演してもらうのはちょっと大変だなぁ、と思う時期も正直あるんですよ。
なにが大変ってキリがないんですけど。
バンド側とどれだけ話せるかっていうのもポイントで、メンバーに一人でも話せる人がいるとやりやすい。

レーザーズはパンクでハードコアなのに、メンバー全員ストレスなく話せるのが最高です(笑)

自分が前に働いていた下北沢SHELTERで、タイミングよく15周年を迎えてZEPP東京でイベントをやったんですが、その時にも出演してもらいました。
今となってはもっと大きいところや野外でもライブしてますが、
その当時(2006年)はレーザーズがゼップでやるのはかなり面白い試みで、
ゼップで当時のスタッフ含めたサークルピットやモッシュピットがテンション上がったし泣けたし笑えた。

レーザーズエッジの一番好きなところは喜怒哀楽があの短い曲に全て入ってるところ。
全てにおいての自由度の高さも(曲、歌詞、バンドのあり方などなど)素晴らしいの一言。

ただ、1つ不満があるとすれば
最近FEVERの出演してないってことですかね!(怒)
TAKAさん、抜けるとかもうばかばかばか。

復活してFEVERでのライブがイマイチでしたら
出禁かハウスブッキングからやり直しですよ!(激怒)
BURLも同じ条件ですのでTAKAさん気をつけて!(激怒)

でもバンドが20年やるってホントに大変。
20周年、おめでとうございます!!
早くFEVER出演ブッキングの連絡下さい(塩)


西村等(FEVER)


(注:なんとお写真、西村さんがSHELTERの面接で持っていった履歴書の写真とのことです!!)




●第16回(2016.12.2)


ハルロヲ(manchester school≡)


とにかく働きたくなくてアートスクールの学生をやっていた俺にも届くくらいキャッチーで
彼女に振られて、好きだったはずのビートルズもメロコアもロンドンパンクもなんだか聴く気がしないふやけた毎日をぶっ壊してくれて

どうもありがとうございました。

「あーなんか自信無いし、このまま適当な社会人になるんだなぁ」
とか思ってた自分もバンド初めよう!と思ったのはレーザーズエッジのフロアでヒトに迷惑をかけまくっていた俺にケンジさんがかけてくれた言葉がキッカケだったとおもいます。

「お前が暴れ過ぎて客が来ないだろ!」

それから少しの時間が過ぎてたまたま俺のやってるバンドを見てもらう機会があって「manchester school≡ええやん!スラッシュオンライフからCDだす??」とゆう流れで今の今までおつき合いさせていただいています。

今では
俺「ローリングストーンズはブライアンのいた頃の初期がいいんですよ」
ケンジさん「イヤイヤ、その後の中期が振り切れてて最高や!」
みたいな話を生意気にもさせて頂いてます。

20周年、おめでとうございます。
これからも30周年40周年とキッズ達の人生を救っていって下さい。


キッズ代表、manchester school≡ハルロヲ





●第15回(2016.11.30)


中尾憲太郎 (CRYPT CITY)


「MISSILEが骨折したからベース弾いてくれへん?」て言われたライブの対バンがGBH、S×O×BとRADIO SHANGHAIと聞いて東京から新幹線ぶっとばして京都WOOPEE'Sへ。

ライブ終了後にチビケン(ケンジレイザーズ)に「今日一番楽しんどったの憲太郎やな」。

そうです。

あの日はホントに楽しかったな~2004 あれから12年。

初期曲のカオスUKばりのシャーッ!としか鳴ってないギターとスネアのスカンカッスカンカッ!だけで成り立ってた凄まじいテンションに未だにクラクラ脳天持ってかれるのはもちろんだけど、MISSILE、KRASHこときっちゃんそしてTAKAくんと今のメンバー構成になり演奏の厚さとクオリティが抜群に上がったからこそできる綿密に練られたケンジコ(ケンジレイザーズ)のポップセンスの幅の広さと懐の深いアレンジの数々をいやらしいほどに思い知らされる素晴らしいベスト盤。

随所に散りばめられた憎い演出にいちいちニヤけさせられたり驚かされたりするのが歯痒い!チキショー!

病気して肉も酒もやめたかと思ったらその病気が間違いだったのがわかったりしながら走り続けるレイザーズエッヂ20周年!

MISSILEの足下にバナナの皮落ちてたらそれオレの仕業やで。


P.S:TAKAくんの後釜をSUGARが狙ってるから気をつけて



中尾憲太郎 (CRYPT CITY)





●第14回(2016.11.25)


加藤鶴一 (ファンダンゴ)


『いくつものクレイジーナイトを越えて』

今だに飲み友達なのだが、僕がレイザーズエッジと本当に濃厚に過ごしたのは、"THRASH 'EM ALL"発売の頃から"SWEET 10 THRASHERS"の発売ぐらいの時期だったと思う。濃厚に過ごしたと言っても、ただよく一緒に酒を飲んだだけの事である。

下手したらケンジとは週に2、3回飲んでたと思う。
「加藤さん、これが僕らのライフスタイルやから、今日も飲みますよ~。」「よっしゃ~、行くかあ~。」こんな感じで、色んな仲間を呼んで、7時間も8時間も飲む。ある時は十三で、ある時はミナミで、ある時はライブハウスで。

一癖も二癖もある仲間が集まって、それだけ長時間飲んでいる訳だから、毎回必ずと言っていい程事件が起こるのである。

その数えきれない程の事件の数々をここで書いてしまうと、切りがないので、ここでは割愛させて頂く事にする。ただ、僕らの飲みには「酒場で話した事は必ず実現させる」というルールがあった。
たいがいの場合、酒場で盛り上がった話は、その場のノリ的な事で終わってしまうのだが、それを僕らは見逃さなかったのだ。

当時の僕らには酒場での出来事こそが、素面の時よりも完全にリアルだったのだ。
酒場で盛り上がった話や出来事が、ケンジ率いるレイザーズの動きや僕らファンダンゴの動きに多少なりとも繋がっていたのは確かである。

一例を挙げると、連日のように繰り返されていた十三での熱い宴会が"JUSO CRAZY NIGHT"になり、「俺ら、もっと頂点を目指そうぜ!」「頂点と言えば、富士山や!」の一言だけで登った富士登山が"MOUNTAIN MOUNTAIN"になった訳だ。

僕はずうずうしくも"JUSO CRAZY NIGHT"のPVに参加させてもらったし、"MAGICAL JET LIGHT"ではコーラスでも参加せてもらった。
毎回、大量の酒を飲まされて、そんな大切な場面に参加させてもらう訳だから、今となっては不謹慎な感じもするが、当時の僕らが養ったクレイジーさが生々しく伝わってくる作品であると思う。

今ももちろんそうだが、特にあの頃は、レイザーズエッジには色んな経験をさせてもらったし、たくさんの人との出会いを作ってもらったし、心から楽しい思いをさせてもらった。今の僕が存在しているのは、あの頃があったからと言っても過言ではない。


あれから、いくつものクレイジーナイトを越えて、僕らはまだ同じ場所に立っている。

お互いよくここまで生き残ったなあと思う。

20周年おめでとう!ただ、これは単なる一つの区切りであって、人生はここからが本当に面白くなるんだと僕は信じている。だから、もうちょっとだけ遊んでもらいますよ。


最後に、僕からレイザーズエッジに贈る言葉は"GET BACK!!!"この一言に尽きる。
これからも宜しくです~!!



加藤鶴一 (ファンダンゴ)





●第13回(2016.11.21)


サイトウ "JxJx" ジュン(YOUR SONG IS GOOD)


西川くんから「ジュンくん、実は新しいバンド始めてん、レイザーズエッジっていうねんけど」って話を聞いた場所は、生駒山遊園地。


バンド始動の報告を遊園地で聞くって体験は後にも先にもこの時だけです。
ずっと忘れられない思い出。

20周年おめでとうございます。


サイトウ "JxJx" ジュン(YOUR SONG IS GOOD)






●第12回(2016.11.16)


あやぺた(Dizzy Sunfist)


メロディックパンクしか知らなかった高校生の頃、ピザオブデスのコンピのなんばハッチにken bandを見るために行って、そこで、初めて見たRAZORS EGDE。
ライブを初めてみて、『こんなに速いバンドおるん?!?!』って衝撃と余韻にひたったままそのままお家に帰り、インターネットで、色々調べてCDを買いに行って。
人生で初めて、ライブを見てファンになったバンドは、まぎれもなくRAZORS EDGEです。
 
それからいっぱいレイザーズのライブに遊びにいくようになって、サークルモッシュとか1,2,3,4,5,goで真ん中に走ってくやつとか、ライブでやるその行為ひとつひとつがうちにとっては、新しくて、新鮮で、どんどんレイザーズのファンへなっていきました。

気付いたら、福岡から東京まで、レイザーズ見るために遠征するぐらいになっていました。笑
すごく虜になっていってたファンのわたしが、こうやってレイザーズの20周年ベスト盤のコメントを書かせてもらえるなんて、なんて光栄なことなんでしょうか。
 
『RAZORS MANIA』人生で初めて44曲入りの一枚のCDを聞きました。
知ってる曲がほとんどやのに、こんなにわくわくするベスト盤は初めてでした。
それに、歌詞カードもすごい!!
レイザーズが20年続けてやってきたからこそできる歌詞カードにつまった思い!それとPVも20年続けてやってきたからこそできる映像。ほんまにどっちもうちらにはまだまだ出来ない、バンドのかっこよさが詰まってた。
バンドを続けることのかっこよさを改めて教えてもらいました。
とりあえずみんな買って聴きながら歌詞カード読めばもう君も『RAZORS MANIA』になれるはず!
 
ここからは私の話なんですが、高校生の頃からレイザーズのファンになって、タカさんが焼肉屋で働いてるということなので、同級生の音楽好きと中間テスト終わって『焼肉まるしま本店』にランチを食べに行ったりしてました。すごいいい店だなー、ここでバイトできたら最高やなーと思ってました。
そしたらライブの時にタカさんが『バイト募集してる』ってMCで言ってて、そのままライブ終わった後、『まるしまで働きたいです!』ってタカさんにいってから、もう9年ずっとまるしまで働いている自分がいます。笑
高校生で、制服を着て、そのまままるしまにバイトしにいってました。その時はバンドなんか遊びでコピバンしてるぐらいだったのですが、タカさんの背中を毎日見てて、バンドマンになりたいっと思ったら、今バンドマンになってます。
ほんまにRAZORS EDGEは私の人生を変えてくれたバンドです。
 
11/19シェルターはタカさん率いるRAZORS EDGEとは最後に一緒にやらせてもらえるチャンス。このレコ発もここ1本しかうちらはないので、自分なりに、うちらなりに、出来るライブ、最大限をやりますので、是非お時間ある方来てください!


あやぺた(Dizzy Sunfist)






●第11回(2016.11.11)


Cim(TROPICAL GORILLA / Oi-SKALL MATES / Live & BAR Nutty's)


レイザーズ・エッジ(以下、レイザーズ)に夜中に手紙を書く。なんだか照れる訳で、既に書き直しも何度目かです。

レイザーズのみんなと実際にいつ出会ったかは実は覚えていません。こないだのライブ(自身の主催ライブにレイザーズも出演してくれた)の際に適当な事を喋ったけど、本当か?間違ってるか?は僕も覚えていです。

大阪だったか?東京だったか?ま、そんなモンです。只、レイザーズの存在を無視する事は当時の自分の環境からは無論出来ず一方的にチェックはしてました。″1stの7’から"って事は1998年~チェックしてるのか…そりゃ、レイザーズとの思いでもたくさんある訳です。

極初期のレイザーズの事に触れる時平行してジェリーロール・ロックヘッズ(ケンジ君とミサイルが在籍)を引き合いに出したくなっちゃうんですが…奇跡的に超絶カッコイイバンドでしたが…"4人中2人が奇才、1人は素人、1人だけまとも"ってなこれまた奇跡的なバランスだった為、当然長続きする訳なく解散。

でもいいんです。

そういうバンドは一瞬のそのキラメキ含めてカッコイイから。ジェリーロールは凄かったけど、20年間コンスタントに作品をリリースして今もライブをやり続ているレイザーズがカッコいいぜ!

只、昔ミサイルと天野(コンボイ/ヤンホ)が言い争いしてた時、ミサイルが「お前、二十歳?の時なにやってんや?俺はジェリーロールでアメリカツアーだ」と言い放ち、天野が悔しがっていた事を思い出しました。同時に「あーミサイルの癖にジェリーロールの価値分かってんだなー」とも思いました。いや、ミサイルはジェリーロールで初めてアメリカに連れてっいってもらったから、発した言葉かも?

まぁーなんでもいいのですが、2人の低レベルな言い争いをを見ながら当時ダメだなーと思いましたが、今や2人共奥さん、子供がいて幸せな家庭を築いております。立派です。ダメなのは僕の方でした(いなくなったのは俺の方だったんだ)…閑話休題

って事はこの頃はもぅレイザーズと仲良くなってたんですね。まぁここには書かないけど(書くけど)、タカ以外の3人はどぅーしょうもない頃から知ってるんだなー。

ベイサイドジェニーの近所のホテルでの事、最初の男塾のツアー、チュンチュン(CBMD)とミサイルと過ごした新年、電話したらオチくんお台場にいたもんなー他
きっちゃんが酒呑んで暴れてた頃から、ケンジくんの体調が良い→悪い→良い頃から、ミサイルが子供(ぼくんちの近所で凧あげをしようとしてホント困った)の頃から他、
レイザーズのみんなとの面白話し/思い出は枚挙に暇が無いです。

では僕なりにレイザーズを考察します。
現在までのレイザーズの最大の功績は「数ある¨H.C(PUNK)というスタイル¨の一つを一般層にも浸透させた事だと思います。レイザーズが自分たちで「俺たちはH.C(PUNK)だ」なんて言ってませんし、そもそもH.C(PUNK)とはなんぞや?からいくと、ホント100人いれば100通りあります。どれもその人にとっては正解であり誰も否定はできないのです(否定されるけど)。
モヒカンで革ジャン着る事、XLのT-shを着てメタルを弾く事もH.Cですが、レイザーズの音楽性/スタイルも数ある¨H.C(PUNK)というスタイル¨の一つです(断言)。
上記のいわゆるスタイルに思想が伴って、はじめてモノホン¨H.C(PUNK)¨になる訳ですが、この思想の箇所も100人いれば100通りありますし、スタイル同様思想は更にどれもその人にとっては正解であり誰も否定はできないのです(更に否定されるけど)。

只レイザーズがこれだけ活動してなかったら、¨H.C(PUNK)¨はもちろん、MOSH/CIRCLE PITやWALL OF DEATHなんて言葉、町田の高校生は知る機会は無かったハズ?
¨H.C(PUNK)って言葉は日本ではアンタッチャブルな側面もありますのでケンジ君(僕)世代は大っぴらに使う事をはばかる言葉なのですが(ねぇそうでしょ?ケンジ君)

知ってか?知らずか?差別化か?レイザーズは¨Thrash(PUNK)¨って言葉を使用します。コレだってレイザーズがいなかったら少なくとも日本では¨Thrash(Metal)¨のままでしたYO。
ルーツが感じられないモノは信用しないタチの僕からすると、僕が"知ったか"できる範囲でもレイザーズは随所(作品、活動/方法論等)にソレがちりばめられてるんです。

僕の勘違い or レイザーズは意図してない事も含めて、でもそれでいいんですよ。ケンジくん、きっちゃん、タカの着てるT-sh含め、その他諸々想像/妄想できるレイザーズって楽しい!(ミサイルのT-shは除く)

”RAZORS MANIA”を聞きました。
1曲目~44曲目まで全部知ってる!

そう!!

44曲目だって知ってる気がしたんだ。

Cim(TROPICAL GORILLA / Oi-SKALL MATES / Live & BAR Nutty's)


タカへ レイザーズを一段上のステージにあげたのはタカの功績が大きいと思います。オチくんのたこ焼きのままじゃこぅはなってないと思う。タカの黒毛和牛の炙り寿司になったからこそじゃないかな?また近いうちに。






●第10回(2016.11.09)


JON (カメラマン)


20周年ベスト盤リリースおめでとうございます!!!!

こうやって20年で積み重ねた曲を聴くと、RAZORS EDGEを知ったキッカケのアルバム『THRASH'EM ALL!!』と『RAZORS RISING!!!!』その中でも"GLOW IN THE DARK"や"DO THE SPIN SOUL"なんて未だ色褪せず僕の心を燃やし続ける曲達

そして何よりも"NINJAH TUNER"がセレクトされてるのが嬉しかった!!(地元が忍者の里なので笑)

『THRASHING GOSE LOVELY』に収録されている"DREAM TEAM"なんて朝イチのフジロックでめっちゃ走りまくったよなあ!!楽しかったなー!!とか、

このまま書き出したら長くなりそうなので……割愛。

なんしかアルバム一枚一枚にそれぞれ色があって変化を恐れない海外バンドみたいだ!って思っています。
そうそう!当時RAZORS EDGEを知るまではハードコアは重くてズッシリとしたサウンドしか知らなくて、あまり得意では無いジャンルの音楽だったけど、RAZORS EDGEを聞いた時にこんな速くてカッコいいハードコアがあるのか!!!と、1発で好きになったのを思い出しました。

そして、CDのジャケ写やイラストもカッコ良く響きまくり!!(特に『THRASH'EM ALL!!』のジャケ写は神です!)そんなレイザーズの20年の歴史の中で約10年ほど前くらいから写真でサポート出来ている事をほんまに光栄に思います!!

ファンダンゴと言えばRAZORS EDGE!!

RAZORS EDGEと言えばファンダンゴ!!

これからもぶっ飛びまくっていって下さい!!!
楽しみにしています!


JON





●第9回(2016.11.08)


HAYATO (MEANING / NO EXCUSE)


もう10年近く前の事だから時系列が少々曖昧だけど、U.K.Lというバンドを自分がやっていた時に初めて京都whoopee'sで対バンさせてもらった気がする。


きっとギターがTAKAさんにメンバーチェンジして間もなくの頃だったと思う。
RAZORS EDGEのメンバーはその頃から今と全く変わらずやさしかった。


ライブが終わった後、ケンジさんはまだボーカルとして本当に未熟だった自分に沢山の事を教えてくれた。色々な話を真剣にしてくれた。
もしかしたらケンジ会初期のメンバーは俺なのかもしれない。


そして、ツアーなんてした事もなかった俺らを色々な土地に連れて行ってくれ、今でも付き合いのある大切な人たちを紹介し繋いでくれた。

そして色々なトラブルもあって、たくさん迷惑もかけた。今では笑い話だけど。笑


あの時右も左も分からない自分を連れて行ってくれたSWEET 10 THRASHERSのツアーでの出来事全てが自分の血となり肉となっている。


1st, 2ndのひたすら速くて激しいのも当然大好きだけど、自分的にはSWEET 10 THRASHERSの曲がツアーに連れていってもらったので一番思い出深い。


40曲越えのベスト?ディスコグラフィ?ってよく考えたらめっちゃハードコア感強い。
Los CrudosとかCHARLES BRONSONみたい。そして全曲キャラが立っている。立ちまくってる。そして、そして新曲も入れちゃうぐらい当然のように現役バリバリって…ヤバない

 
RAZORS EDGEの皆さんには時折言ってる事だけど、こんだけ速く、スラッシュしていて、数百から数千規模でもライブが平気でやれるバンドは世界にも類を見ないと思う。本当に尊敬します。


改めて20周年おめでとうございます。
そしてNINJAH TUNERを入れてくれてありがとうございます。



HAYATO (MEANING / NO EXCUSE)





●第8回(2016.11.01)


SHOWY(STEP LIGHTLY)


RAZORS EDGEとの運命的な出会いは福岡の老舗インディーズレコード店”カメレオンレコード”にてバイトさせて貰っていた時で、当時の店長より”牧野が好きそうなのが入ったよ”と手渡された”THRASH MARCH ep”でした。
 
一聴しただけで”これはヤバイ”と危ないモンでも手に入れたみたいな衝撃。
SxOxBやOUTO等関西のジャパニーズハードコアシーンが大好きだった自分に”また凄いの出てきたなぁ、、、”と戦慄すら覚えたのを昨日の事の様に覚えております(笑)。
んでだいぶ端折りますが(笑)
 
僕等STEP LIGHTLYの相手もして頂ける様になり、KENJI RAZORS社長のレーベル”THRASH ON LIFE”よりリリースまでして頂いたり常にお世話になりまくりなRAZORS EDGE!!!
そして出ました満を持してのベスト盤!

その名も”RAZORS MANIA”!!!

自分、そしてKENJI RAZORS共に”ド”が付くほどのRAMONESファンなので今回のベスト盤のタイトルには納得!超納得!!
RAMONESファンならお馴染みのベスト盤
”RAMONES MANIA”はベスト盤という位置付けは勿論、その曲順、内容共にオリジナルアルバムと肩を並べる程の必殺の一枚なんですが、 この”RAZORS MANIA”もそれに匹敵する究極の一枚なんじゃないかと!!!
 
年代順に並べるのでは無く、練りまくられた曲順、曲間!
全てがプロデュースに当たったKENJI先輩が一番楽しく作った一枚なんじゃないでしょうか!(笑)
新曲を最後に持って来る辺り、まだまだRAZORS EDGEのSxOxBで言うなら”to be continnued”なこのベスト盤に、これまた全国のRAZORSフリークがMOSHブリザードを巻き起こす様が楽しみです。
 
SHOWY(STEP LIGHTLY)





●第7回(2016.10.28)


オガワヤスユキ(DEEPSLAUTER)


大先輩RAZORS EDGEの皆様。
20周年、並びに、ベスト盤 "RAZORS MANIA"リリースおめでとうございます。
RAZORS EDGEが今回のように積極的にフィジカルを発表しつつ、攻撃的で多幸感が沢山詰まった、まるで、年に1回だけ開催される近所のお祭りのようなGIGを日本全国各地にて激しく行っていてくださって、後輩代表としてこう叫びたいです。
『FUCKED UP!』と。

RAZORS EDGEのファンの皆様は、我々の事を知る方が多いかとは思いますが、簡単に自己紹介をさせてください。

2000年。大阪から離れる事545km東に位置する千葉県は柏市にてキャリアをスタートさせた4人組パンクロックバンドDEEPSLAUTERと申します。
所属レーベルは、KENJI RAZORS(敬称略)主催の超クールなんだけど、物事がRAZORS EDGEドラマー "KRUSH" こと "きっちゃん" のスネアのように痛快爽快に決まる『THRASH ON LIFE』でございます。つまり、イズム&バイブス継承者です(超勝手に笑)
私はギターを担当しているオガワヤスユキと申します。よくギターを弾いていないと言われるのですが、そんな事ないですYO。

さて。

今回、このようなチャンスを社長より頂いたので、リスペクト&大先輩だけど "マブダチ感(恐縮)" な気持ちで駄文(失礼)を残したいと思います。
様々なインタビューで話した事ある内容にはなりますが、我々とRAZORS EDGEとの出会いはこうだった。

『JELLYROLL ROCKHEADSのボーカルの人がやってるバンド』
とにかく衝撃だった。言葉にできなかった。

楽曲やライブその物は勿論だが、何より...
『何てテンションの高いボーカルなんだろう・・・』

というインパクトを少年オガワ初め、結成間もないDEEPSLAUTER全員の脳裏に叩き付けられたのだ。これはやばい!と。(東京のEXCLAIMと回ったUSAツアーのDVDがTHRASH ON LIFEよりリリースされているので、間違いなく購入した方がいい)

直接的なコミュニケーションは、現在は東高円寺にて "二万電圧" として移転をした "高円寺20000V" の楽屋であった。2003年の出来事。丁度PIZZA OF DEATHよりセカンドアルバム"RAZORS RISING!!!!" のリリース前だったと記憶している。

どんな会話だったというよりも
『お互い様子見にも程がある雰囲気』

で、今みたいな「お!ケンジさん!ちーっす!(敬礼)」では無かった。

とにかく20歳そこそこの少年ディープスローターは尖り狂ってた。全員敵。だけど全員仲間。矛盾。カオス。殺す。打ち上げに参加しないDEEPSLAUTER。当時から参加率は低く、その日も「じゃ、お先に...」と全く絡めなかったって訳笑

話は前後してしまうのだが、RAZORS EDGEの音源を最初に手にしたのは、我らがTHRASH ON LIFEの伝説的なコンピレーション "MOSH CIRCLE,JERK PUNKS!!" である。本当に驚いたし泣いた。ちなみに、レコードは海外の625からリリースされているので、このレーベルの音源も全部買おう!

主観強め且つ誤解を恐れずに語ると、あの作品があり、HELLNATIONやDEATHREAT、9 SHOCKS TERRORやVITAMIN Xなどの様々なハードコア・パンクバンドの来日や、SLIGHT SLAPPERSはじめ、EXCLAIM、BREAKfASTの積極的な活動により、高円寺や西荻窪、東高円寺や横須賀、初台や小岩には「ボロボロのジーンズ」「破けた部分に布パッチ」「メッシュキャップ」「ネルシャツ」の人口が増えたと考えている。
敢えて言いますが、そのムーブメントの中心というか「引っ張っていく存在」がRAZORS EDGEだった!と。
我々が最初のアルバム "ROCK'EM ALL" をリリースし、ツアーをし狂いながらも、週に2〜3回夜中に集まって作曲活動を柏や小岩で行い「そろそろ次のアルバムを〜」ってタイミングになった。2005年末の頃だ。ちなみに、同世代は05新卒組で社畜化マッシグラの時期だ。

タイミングよくRAZORS EDGEと共演する機会があった。我々にとってはとてつもないチャンスだった。あのリビングレジェンドの人に膝を合わせてこう言える。
『次回作、THRASH ON LIFEから出してください』
と。

失礼にも程があるのだが、一字一句間違えず、リハーサルを終えたばかりのKENJI RAZORS(敬称略)に伝えた。大きい声で。すると「え!?マジで!?」のレスポンスに我々ショボ〜ンヌ。

だが、ご周知の通り我々は2006年に "SUPER RIZUMU"、それから8年後の2014年に "ELEVATION DEPTH" をTHRASH ON LIFEより発表させてもらっている。

BREAKfASTやIDOL PUNCH、大先輩方に挟まれながらも受け入れてくれたその流れは、先に述べた通り、
『ムーブメントを引っ張っていく存在』
が身体に染み付いたRAZORS EDGEだからこそできる匠の技で、その後のパーティやイベント "STORMY DUDES FESTA" の開催を体験すれば解る事だと信じている。

明後日、10/30からいよいよツアー開始だ。
初日は我々のホームタウン柏ALIVEでだ。しかもレーベルメイトのFRIDAYZのリリースパーティと一緒だから間違いなくカオスな一夜になるはずだ。勿論、我々DEEPSLAUTERも参戦する。

歌詞はわからなくたって、曲がわからなくたって、、、
『やっぱ自分の踊り方で踊ればいいんだよ』


オガワヤスユキ(DEEPSLAUTER)





●第6回(2016.10.27)


TGMX (FRONTIER BACKYARD / SCAFULL KING)

この盤を開封、そして「わわわーっと!」飛び込んでくるレーザーズワールド。
20周年の重みを、エモ味を感じながら、丁寧に「RAZORS MANIA」を聴かせて頂きました。
ベスト盤、発売おめでとうございます!
そして、20周年おめでとうございます!!

ブックレットのフライヤーや写真を眺めながら、
セルフライナノーツを読みながら、
歌詞を見ながら、
20年の歴史をジェットコースターに乗ったかのように一気に体感!

部屋で爆音で聴きながら、この文章を書かせてもらったのですが、
昼間からビールを呑みながら、ギグに来てる気分で書かせて頂きました!
僕は、明るいコード進行に高揚して胸がアツくなり感極まるタイプなのですが、
いつもレーザーズのライブや音に触れると、
何かモヤモヤをパーっとスッキリさせてくれる感じ、
ビビットで、かつ刺激的な音像に元気、勇気つけられ、
完全にオープンなライブの雰囲気、アティテュードに、
両腕あげて「最高だ!」っていつも思ってしまう。
「楽しいってこういう事だー!」って。

ハードコア、スラッシュあんまり詳しくないけど、
「そんなコト、関係ないでしょ?!」
って余裕で思えちゃうくらいに解放してくれて、入り込ませてくれて、トランシーな状態にしてくれる。
それがRAZORS EDGEの音とライブのスタイルなんですよね。
「大好きです!」

東北の震災や広島での土砂災害復興など、社会的な活動にもバンドで率先してとり組むし、
「ほんといいバンドだな~」って尊敬しています。
自分達の足で自分達で歩むバンド、「それがバンドなんだ」って改めて感じさせてくれます。
「大好きです!」

あんまり褒めると、ほらっ、みんな調子にのっちゃう感じかと思われるので、ここらで...(笑)
今後もかわらず、アラフォーが、ティーンをキュンキュンさせるような感じで、
「RAZORS EDGE」をクリエイトし続けてください!

今後の活動も、楽しみです!

WE ARE DREAMIN' ROCKERS!


ケンジコ
また酒場にいって、くだらない話とか、バンドちょっといい話とか、ワイドショー的な話とかしましょう!
また近いうちに。


きっちゃん
いつもオシャレすぎるぜ~! ドラムも仕事もカッコいい、ナイスガイだ。
また突然誘ったりしますね!

ミサイル
プロレス好きのうちのドラムと何かまたやってください。
いつでもセッティングする準備は出来てます!
僕はプロレスは全くわかならいけど、あんなに笑えるのはミサイルのプロレス話だけです。

それと
TAKAくん、長年、お疲れさまでした。
あのザクザク音、間違いなく僕らを燃えさせてくれました!
また必ず会いましょうね!


TGMX (FRONTIER BACKYARD / SCAFULL KING)





●第5回(2016.10.26)


奈部川光義 (ATATA)

親愛なるRAZORS EDGE様

結成20周年おめでとうございます。
そしてベスト盤の発売おめでとうございます。

気付けば今日まで、結成6年の我々ATATAが一番共演したバンドがレイザーズです。
大阪と東京のバンドなのに。それが不思議でなりません。
何故かライブを企画する毎に、いつもレイザーズの4人の顔が思い浮かびます。

きっちゃんとは旧知の仲で、元々は文通をする間柄でした。レイザーズに加入した時の事を今でも覚えてます。自分と同じで、ずっとオルタナティブな音楽をやっていたし、音楽的嗜好も知っていたつもりだったので余計に驚きました。見慣れるまでに時間が掛かった様にも思います。

ミサイル君はATATAとして出会う前から、ライブによく来てくれてました。大阪に行くといつも会えるけど、共演するにはバンドのタイプが違い過ぎるかななんて。そういえばその時はまだミサイルビールは噂だけで売り物じゃなかった筈。

タカ君とはATATAになってから知り合いました。でも突然お邪魔した、まるしまで働く後ろ姿を見て、何とも言えない感情を覚えました。何ていうか、格好良かった。とても。そして何故かレイザーズの事がもっと好きになりました。

ケンジ君は最初は『Jellyroll Rockheadsの人』。東京のMAN★FRIDAYと並んで、当時、一番新しいハードコアの形を提示してた人。パンクに詳しい人。あのカタカナのレイザーズロゴを生み出した人。だから自分にとっては畏敬の存在です。今でも。


レイザーズというバンドは、ハチャメチャな様でいて、メンバーそれぞれが自分の役目を完璧に果たしている。まるで統率のとれた軍隊みたいなバンドだなって思ってます。無駄な動きが一切ないというか。
軍隊なんだけど上下関係がない傭兵部隊の様な。ファンも含めて。だからあれだけのライブをしても大きなアクシデントが起こらないんでしょう。

というか、今まで彼等のハズレのライブってやつを観た事がない。いつも新鮮。何が起こるか分からないけど、バンドとファンの『信頼感』に満ち溢れたライブ。だから最後まで観てて楽しい。
『ルチャ・リブレ』みたいなライブ。上へ下への大空中戦。
この信頼関係は一朝一夕じゃ成り立たないと思います。20年という月日は、実はその為の時間だったんじゃないかって。


自分は『ルーツのある音楽』が好きです。アルバムを聴けば、ライブを観れば、そのバンドの歴史が見える様な。そしてそのバンドと付き合って行く事で、一緒に旅をしている様な。そんなバンドが好きです。
例えば、もし自分が若い頃にレイザーズに出会っていたら、きっとアメリカのハードコアに遡ってみたくなると思います。最初に出会うバンドは何だろう。まずはMINOR THREATかな。その内に『BLACK FLAGはキース・モリスの時期が一番好き』だななんて言ったりするのかな。

音楽にはそういう面白さがあると思います。底なし沼にハマってしまう様な。
そしてレイザーズはまさにそういうバンドだと思います。バックグラウンドが深い。正直、そういうバンドが少なくなってしまいました。

大袈裟じゃなく、このベスト盤に収められた44曲から聴こえて来るのは『パンクの歴史』だと思います。もっと言えば、彼等が聴いて来た『音楽の歴史』。もっともっと言うと、CDの収録時間ギリギリの74分に収められた、まるで80年以降のパンクのドキュメント映画を観ている様な、そんなベスト盤だと思います。ディレクターズカット版を観たい人は是非、過去の正規のアルバムも遡ってみて下さい。そこにはパンクだけじゃない、彼等の幅広い音楽遍歴が垣間見れる筈です。

この文章が『親父の小言』にならなければいいなとは思うけど、パンク/ハーコアのルーツって何だ?っていう若い世代にこそ、レイザーズを聴いて欲しいというのが率直な感想です。何故、手書きのチラシに拘るのか。とか。

最後にバンドを代表して。きっと全員同じ意見なので。

我々ATATAはRAZORS EDGEが大好きです。愛してます。
再び共演出来る日を心待ちにしています。


奈部川光義 (ATATA)


追伸
書くべきか迷いましたが、タカ君の脱退がまだ信じられないままでいます。本人達はいつもの明るさを保ってますが、正直、自分は全然消化出来てません。後悔先に立たず。今回のツアーに参加出来ない事が無念でなりません。今の4人が揃った時の『軍隊感』がこの上なく好きです。悔しいけど、この想いは新生レイザーズまで持ち越す事にします。こういう時、どう考えてもレイザーズだけは大丈夫だと思うから。だってこの20年はあらゆる紆余曲折を乗り越えて来た20年でもあった筈。なので。

ケンジ君、タカ君、ミサイル君、きっちゃん。繰り返すけどとにかくすぐに共演しましょう。大至急。電話待ってます!





●第4回(2016.10.25)


TAKUYA/SPREAD



RAZORS EDGEベストアルバム
"RAZORS MANIA"発売に寄せて

RAZORS EDGEが、今年で20周年を迎えた。
結成当時から、最新曲まで、このベストアルバムには、RAZORS EDGEの全てが詰まっている。
僕たちSPREADは、今まで彼らとたくさんの場所で闘ってきた。
彼らの明るさと、バンドマンとしてのリアルなタフさに、何度も助けられてきた。
そして何度も乾杯して来た。

20年も経てば、色々ある事は分かっている。
それは生きていれば誰だって、どのバンドだってそうだ。
しかしRAZORS EDGEは、どんな状況であろうと前を向いて、タフに走り続けて来た。
彼らは初期衝動を叩きつけるハードコアバンドでありながら、20年以上活動を続けて来たのだ。
これは容易な事では、無い。
もはやバンドと言うよりは、RAZORS EDGEと言う一つの運動体であり、運命共同体と言っていいくらいだ。
そこからギターのTAKAが抜けることが決まった。
そしてRAZORS EDGEの3人は、走り続ける事を選んだ。
前に、進もうと決めた。
僕は、その決断を支持したい。
いつまで出来るのか。
なにをやれるのか。
バンドを続けるか決める時、様々な想いが交差した事だろう。
それでも続けると決めた彼らと、ライブハウスで闘い、気持ちよく乾杯したい。
新しいRAZORS EDGEに期待して、僕たちはライブハウスで待つ事にする。
また必ず、ライブハウスで会おう。


TAKUYA/SPREAD





●第3回(2016.10.21)


TOM(STOMPIN’ BIRD / UP RECORDS / F.A.D YOKOHAMA)


RAZORS EDGE 20周年ベスト版 “RAZORS MANIA”を手に取った。
馴染みあるケンジ画伯の直筆画。
初期の頃のイメージカラーである赤黒白の3色。
そして背面を見たら、知っちゃいたけど収録曲44曲っ!
これは流石に2枚組なのかな?とパッケージを開くと
「1枚に収まってるしwww」という事で何度もニヤっとしてしまう。
聴く前から楽しい。
20年間のフライヤー画像が載ってるブックレットも嬉しい。
初期の頃の対バンを見て「そりゃ近寄りがたかったわ~」と納得。
STORMY DUDES FESTA出演バンドのとてつもない幅広さにも納得。

そして今作は録り直しではないゴチャ混ぜベスト盤。
個人的に、再録したベスト盤って過去を知らないバンドなら普通に聴きやすいから良いんですけど、
昔から聴いてるバンドだと、あんまり気持ちが入らないんですよ。
どんなに演奏やら録音やらの技術が向上していても、
録った当時の空気感とか音質から滲み出るその時代感とか、再現不能ですからね。

その点、”RAZORS MANIA”は「あ~あの頃のレイザーズ!」ってのが目まぐるしくて楽しい。
2002年にHAWAIIAN6 “SOULS TOUR”で出会った頃の尖りまくりのレイザーズ、
その後サイケデリックさやポップさも醸し出しはじめたレイザーズ、
僕らがRAZORS EDEGEより古くから知るBURLのTAKAちゃん電撃加入後、
2006年F.I.B企画にて急激に意気投合した頃のポップさを武器にしはじめた頃のレイザーズ、
2007年以降、一緒にツアーもする様になった頃のパーティー&カオティックなレイザーズ、
そしてポップさ出したからってナヨった訳じゃねえぞ!っていう現在のレイザーズ。
色んな時代のRAZORS EDGEが時系列を無視して当時の音で押し寄せてきてヤバい。

1stアルバムから全アルバム聴いてるので
新しいアルバムを聴く度に「今回はそういうアプローチなんすね!」と
毎回ワクワクしたのを鮮明に思い出します。
リリースの度に新しい雰囲気が加わるので賛否両論あったでしょうが、
俺は本当にどの時代の作品も好きなんですよ。

何故ずっと好きでいられるのか、同封されてる曲解説を読んで気づきました。
STOMPIN’ BIRDとRAZORS EDGEって曲の作り方が似てるっぽいんですよね。
ウチでいうと「ROCK’N’ROLL」なんですが、
RAZORS EDGEは「THRASH」をどう料理するか、
どうクロスオーバーさせるかを研究して実験し続けてるバンドだと思うんです。
でも、たま~に浮気する。「だってコレもやってみたかったんだも~ん」って感じで。
クロスオーバーへのヒントは対バンの出す音だったり、
たまたま自分の中で流行ってる音楽だったり。
そして、世間で流行ってる音楽にガッツリ寄せるのは「ダセえ」みたいな頑固さ。
あと、ごく一部の人にしか伝わらない
「ここは手描きじゃないとダメなんだ」みたいなアートワークへのこだわりとか、
なんかほんと、色々似てる気がするんですよ。
だから会う度に朝まで一緒に飲んじゃうんですかね。

この”RAZORS MANIA”を聴き終わると、
今度は無性に”RAW CARD”をじっくり聴き直したくなります。
エピソード0(ゼロ)を観てから本編を観直して、見逃してた伏線回収を楽しむ的な。
そういう意味でもベスト盤として素晴らしい。

なんだか先輩に対する目線とファン目線と同期バンド目線が入り混じって
どういう立ち位置でコメントしてるのか謎めいた文章になってしまいましたが、
あらためて、RAZORS EDGE 20周年おめでとうございます。
お互い20年選手、まだまだ末長く宜しくお願いしますよっ!


TOM(STOMPIN’ BIRD / UP RECORDS / F.A.D YOKOHAMA)





●第2回(2016.10.20)


真野 -MANOWAR- 太樹(CH / CH CARGO)


もう17、8年くらい前になりますか。
タグラグレコードで丁稚のワタシと社長前川氏とでのDOLLやEAT、インディーズマガジン等の雑誌のバンドグラビアでの関心事はいつも決まって「こいつら、えらいジャンプ高いなあー。よー飛んどるなあー」でした。「これはマジもんや」「これはステージが写ってないだけで低い」「これはトランポリン使っとる」云々カンヌン…。勝手に妄想膨らましておったわけです。

そんな日々、両足裏を合わせた胡座状態、いわゆる某教祖の空中浮遊の状態でファンダンゴのステージをジャンプしているボーカルの写真と遭遇したのです。しかもギターはアイパッチしとるやないですか!
これがレイザーズエッジとの出会いでした。「これやっ!」と。
これが「CH」からのリリース決定の裏話です(嘘)

あれからも休むことなくラッキーカラーの赤をメインにケンちゃん走り続けて20年!
赤ヘル軍団も優勝しちゃいましたよ!巷で蔓延る都市伝説「CHでリリースしたらバンド解散するで」を見事に覆す20周年!!本当にありがとう!(号泣)

そして放たれるこのアニバーサリーベスト、新曲一発放り込んでのなんと全44曲!
レイザーズエッジの7300日が真空パックされてます!
バンドもごっついやろけど、聴く方も体力要ります!
全身全霊でかからんとピット内に埋めこまれますよ!

これを通過点にまだまだスラッシュし続けてくださいね!

20周年おめでとう、そしてありがとう!!


真野 -MANOWAR- 太樹(CH / CH CARGO)






●第1回(2016.10.19)


GUY
(ORIGIN OF M / MISERY / BLOOD SUCKER RECORDS / SAVE THE HIROSHIMA / TO FUTURE)


RAZORS EDGEを初めて聞いたのは98年。
CHANIWAのアタロウが「すげーの見つけたんで今度リリースします!
良かったらデモ聞いてください。」
と送られてきたのが、1stシングルとなる「THRASH MARCH」の音源だった!

同じ大阪出身のレジェンド「SxOxB」や「OUTO」に通ずるスラッシーでファストなサウンド、80年代中期のUK THRASH「STUPIDS」に通づるバカッ速なPOPでキャッチ―なメロディには本当にたまげた!
当時の日本はいわゆる第二次インディーズブーム真っ盛り!

アメリカで産まれたメロディックなハードコアは日本ではメロコアとなり、(本国アメリカでは90's PUNKと呼ばれることが多かった)先駆者が持ち合わせていたパンク精神は抜け落ち、かつてのビートパンクと変わらぬ輩が日本中に溢れていたころだ(笑)
音楽業界は質の悪い青田刈りに夢中だっただろうが、本来の意味でのハードコアは低迷期にあった。
そんな時代に登場したのがRAZORS EDGEだ!

CRUCIAL SECTION, EXCLAIMなどの関東勢と同時期にデビューし、海外でいうとWhat Happens Next?, 97a, Deathreatなどが同時多発的に登場し、
THRASH リヴァイバル~バンダナTHRASHと呼ばれたムーヴメントが世界中を席巻し始め、ハードコアがかつてのインパクトを取り戻し始めた重要な時代に彼らは出現したんだ!
速いだけではなく、キャッチ―なメロディセンスに裏付けされたそのサウンドは、ハードコアファンだけではなく、メロコアフリークの耳を捉えることになる!

横山健が在籍しているFAST/THRASHバンド、BBQ Chickens(2000年結成、初出は2001年)擁するPIZZA OF DEATHが彼らをリリース(2003年Razors Rising!!!!)したのも頷けるって話だ。
ボーカルのケンジレイザーズとワシを繋げてくれたのはアイドルパンチのラッコちゃんだった記憶がある。広島出身なのもそのとき知ったのかな。かつてワシが店長をしてたレコード店、UK EDISONに足しげく通ってたこともわかって一気に仲良くなった(^^)/

2014年広島土砂災害の時に県外から真っ先に駆けつけてくれたバンドマンも彼だった。
THRASHの熱いエナジーと共に広島パンクスとしての熱き血も持ってる漢なんだ!
2015年にリリースされたRAW CARDでは原点回帰とも言えるスラッシュ度200%なサウンドを披露してくれたのは記憶に新しい。
その中の収録曲「We Unite」は広島土砂災害で出逢った仲間の詩だ!
そして今年2016年、彼らのデビュー20周年を詰め込んだベスト盤を受け取った!
そこには彼らの想いが全て詰まってた!
バンドを持続し、発信することは楽じゃない。
甲本ヒロトも言ってた。「楽することと、楽しいことは違うんだ」と。
楽しいことのためには苦労を惜しむなってことだ!
20年という長い軌跡の中で、彼らも思い悩んだことは幾度もあったろう。
それでも彼らはTHRASHを愛し続け、苦悩なんてブっ跳ばす速さで頭の中をカラッポにして突き進んで来たに違いない!!
そしてどんな時もPOPさを失わないケンジレーザーズのメロと歌詞は聞く人に元気を!そして時には、癒しさえ与えてくれるのだろう!
ちなみにケンジレイザーズはNeu!(ノイ)やCAN(カン)のようなジャーマンロックも好きらしい。
「ハードコア界にはあんまいないぞ、そんなの聞くやつ」って突っ込んだこともある(笑)
そんな彼の懐の深さは聞けば聞くほどにじみ出てくる。馬鹿っぽさはダモ鈴木かもしれない(笑)
ケンジレイザーズ!!
彼は、ワシが勝手に認める音楽バカ一代のひとりで、男ドアホウ甲子園なんだ!(関西だからモロねw)
ひとりの女性を愛し続けるように、ただひたすらTHRASHを愛し続け、発信する彼らに超絶リスペクト!!
そしてRAZORS EDGEの輝ける未来へ!!ハードコアの明日へ乾杯!!


GUY (ORIGIN OF M / MISERY / BLOOD SUCKER RECORDS / SAVE THE HIROSHIMA / TO FUTURE)